30、70、そして生

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 今年の夏は、ちょうど日航ジャンボ機墜落30年そして終戦70年という区切りの年であったせいか、TVや新聞などでそれらの特集を目にすることが多かった。

 いずれも、何十年経とうが遺族の悲しみは癒えるはずがなく、直接の被害がなかった私のような存在にとっても悲惨な状況が映し出されるたびに、胸が痛む思いがする。

 私の家族は、幸い3代前までは戦争の犠牲者がいなかったのだが、父方の祖父が終戦直後に病死してしまったため、祖母と長男であった父は幼い弟たち4人を育てるため、大変苦労したそうだ。

 父は、もう2年早く生まれていたら学徒出陣せねばならず、存命であったか分からない…つまり、私もこの世にいなかったかもしれなかった。そういう話を聞くとほっと安堵はするものの、父本人はわずか上の世代が大勢亡くなっていった現実を受け止めるのが辛いという。TVなどで戦場から帰還した方のインタビューなどがよく流されているが、そういった人たちと同じような罪悪感のようなものが、心の片隅に鉛のように居座っているのだとも。

 毎日毎晩空襲警報に神経を尖らせ、雨のように降って来る焼夷弾から必死で逃げ、いつ死ぬか分からない恐怖に襲われ続けていたあの時代の人々。周りには燃え盛る家屋や死体の山があっても、何も感じる余裕さえなかったに違いない。

 生きる、ってどういうことだろう?

 私は今まで仲の良かった友人を突然の事故で亡くしたことが二回あるのだが、その時にも感じた「どうして私は生きているんだろう?」という疑問。それはきっと自分が死ぬまで解けることはないのだろうが、お国のために不本意に亡くなっていった人たちに、少しでも恥ずかしくないように生きようと心がけることだけは出来そうだ。いや、そうしなきゃいけない、そう思う。
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