お別れの日に

1007181.jpg

 ちょうど昨日関東地方の梅雨明け宣言が出されて、今日は一段と暑い一日だった。

 そんな中9日に逝去された内田健三先生の告別式があり、午前中ゼミの同期たちとお寺へ向かった。この一週間、感無量で書いた前回の日記が災いし、写真を見るたびに悲しみが込み上げて全く更新する気持ちになれなかったのだが…今日は先生にお別れを告げて区切りにしよう、と思っていた。

 しかし内田健三先生の葬儀…となればどんなに人が押し掛けて、我々の居場所などないのではないだろうか。そんな心配をしながら仲間と寺に近づくと…。

 訪れている人はご親族をはじめゼミ生など、ごく身内に限られていた。思えば各メディアの訃報記事にあった「葬儀・告別式は近親者のみで行う」という一文の通り、葬儀の日時を伝えられたのは限られた間柄の人々だけなのかもしれない。中には現役・元国会議員もちらほら来ていて、ゼミ生に対するご厚意に感謝すると同時に、所在のないような少し申し訳ない気持ちもした。

 とはいえ、そうして訪れた我々のために献花と挨拶の時間も作って頂き、最後のお別れができたことも、本当に嬉しかった。先生同様、ゼミ生を暖かく見守って下さった奥様のはからいだったのだろう。

 棺をお見送りするまで盛大なことは一切なく終了したが、自分の生き方に自信と信念を持ちつつも、それを誇示したりすることがなかった、いかにも内田先生らしい葬儀だった。この人に教わった一人で心からよかった! と思った。

 先生、有り難うございました。さようなら、安らかにお眠り下さい。



 この一週間、先生の著作物や出演番組の録画、自分でゼミ会の時に撮ったビデオなどを見返していた。

1007182.jpg

 中でも、久しぶりに開いた先生の自伝的書物「初心不可忘(初心忘るべからず・平成7年熊本日日新聞社発行)」は、何度読み返しても勉強になることばかりが書かれている。

 最後の章“「遠からず近からず」の極意”には、こんな記述がある。

 最近、私は若い記者諸君によくこんな例え話をする。「政治家と取材記者の関係は、剣道の間合いの取り方に似ている。遠くからヤアヤアと掛け声だけでは相手は斬れない(ニュースは取れない)。深入りし過ぎると殺される(取り込まれ利用される)」。無能記者か、御用記者か、この道を極めるのはむずかしい。評論家も同じ。「遠からず近からず」ーこれが極意かと思う。ともあれ、初心忘るべからず、この道を行くほかなし、と思い定めている。

 先生は、この文章を政治家と取材記者の例えとして書かれているが、そんなことはなく全てに通用する言葉ではないかと思う。アタシは…パチンコについて色々と書く仕事をしているけれど(やや赤面しながら)、昔から「できるだけ客観的に見ることを忘れないように」しているつもりだ(その辺は『パチンコ年代記』のまえがきやあとがきに書いているので、読んだ方はお解りと思いますが…)。

 時々、アタシの書いたものを「辛口」などと言う人がいるけれど、昔からスタンスはほとんど変えて来なかったつもり。つまり、それだけ付かず離れず客観的に書ける人が少なくなってしまったということなのかなーと、寂しく思ったりもする。

 それはともかく、内田先生の訃報という悲しい出来事がきっかけとはいえ、今日を含め本当に色々なことを思い出したり再確認できた1週間だった。これからも少しずつ、どんな形でも先生にご恩返しができるように心がけていきたいと思う。
プロフィール

神保美佳

Author:神保美佳
「Pachinko MANIAC WORLD」の日記コーナーです。
コメントやトラックバックは受け付けておりませんので、ご了承下さい。
メールは、下のフォームをお使い下さい。

最近の記事
FC2カウンター
月別アーカイブ
カテゴリー
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブログ内検索
RSSフィード
リンク