ルパン“前夜”の話

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 初めて紹介します、私の夫です。   ……うそです(0.2秒でバレるウソつくな!)。

 えっと、必勝ガイドを読んでいる方ならご存知と思いますが、彼はライターの「ゼットン大木」君で、今売っている「パチンコ必勝ガイド」誌面にて対談仕事をご一緒(何と、2人で仕事したの初めてだったのです!)したので、遅くなっちゃったけどその宣伝と補足を書いておきます。

 対談したのは「懐パチ クロストーク」というコーナーで、1998年にヒットした初代の『CRルパン三世』について思い入れ具合を語っています。私はどっちかつーと羽根モノ好きだしこの機種などは正直メチャ新しいという感覚。ではナゼ思い入れがあるかというと、当時取材とかでけっこう苦労した思い出があるからなのです。

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 それはルパンからさかのぼること約5年、93年に某夕刊Fが↑この記事を大きく報じたのをキッカケに、H社が激怒してマスコミを一切シャットアウトしてしまったの! 記事では社長のN氏が500億の申告漏れをやらかしたとか、白亜の豪邸に住んでて生活はこうで…とゴシップ満載だったものの、結局H社はこの後だいぶ経ってから裁判で「シロ」と勝利した…つまり「誤報」でもあったのですが。

 だから、黄門ちゃまとかあの辺は、かなりどこも取材や撮影に苦労したハズ。まぁ、厳密にはまだ雑誌とメーカーホールはそんなに昵懇でもなかったから、それなりに勝手にはやってたけどね。

 そんな「冷戦時代」が終結したのが『CRルパン三世』からで、この機種では初めて「オープン懸賞」やったりH社も販促に力を入れたかったらしく、遂に取材が解禁になったのです。

 私はというと、96年から必勝ガイドで「PACHINKOメーカーのキセキ」という連載をやってて、それは毎月メーカー1社にこだわり特集して、インタビューも行うというもの(かなり人気あったんだよ・笑)。ところがH社だけがど〜〜しても取材に応じてくれなかったから、もうダメかと思っていた矢先…何とか一番最後に訪問することができ、ルパンの開発秘話みたいなのもバッチリ掲載することができたというワケ。その時に、本当に全社掲載できてよかったな〜〜としみじみ感動して終えることができたのも、すごく印象深くてね〜。

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 記事ではそうしたことなどを含め色々と語っているのですが、ちなみに先ほどの「オープン懸賞」は、ホールに設置されたハガキでクイズに答えて応募すると、ミニクーパーなどが当るというもの。結局宣伝の甲斐あって何十万通とか来たらしく、当時はまだネットも普及してないから写真のようにハガキの山から選ぶ…というアナログな抽選会が行われ、もちろん私たちも大勢取材に行ったのでした。

 写真中央にいるのは「ルパン石橋」こと当時のH社専務で、オネーチャンをはべらせながら当選番号のルーレットを銃で撃ったりかなり本格的でノリノリでしたね(笑)。のち、社長になっても自社PRによく出て来てたし。

 …しっかし、今見ると本当にハガキの山で時代を感じますね〜。そんな感じで、ぜひ現在発売中の必勝ガイドの記事も、ここを思い出しながら楽しんでもらえれば幸いです。
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