タツノリの顛末

1007261.jpg


 …どうもーっ、タツノリです!!


 あ、いやあの、ずーっと載せようと思ってたネタなんだけど、上の写真は去年10月、東京ドームにあるアディダスショップを通りかかった時撮影したもの。

 何やら読売の優勝記念グッズを販売してるみたいで、等身大(と思われる)タツノリのガッツポーズを模した蝋人形? が妙に不気味だったので、何気に撮っておいたんだけど…。


 そんなこともすっかり忘れてしまった今年4月。

 取材かなにかでドームを通った時、アディダスの前にさしかかると…

 あれっ? 何か…見たことあるような形状のものが…(汗)。


1007262.jpg

 こ、これってまさか…タツノリ??

 こう、半透明のビニールでガッチリと巻かれてしまっているものの、妙なガッツポーズぶりはまさしくタツノリそのもの!

 しかし、ずーっと出してあったのかしら?

 そろそろお役御免、ってこと?

 そんなことを考えつつ、近くで写真撮ってるアタシも充分怪しいんだが(ドンマイ)、これでタツノリ人形も見納めなんだろうなーと、何となく思っていた。

 で、またすぐに忘れてしまっていたんだけど。


 そうしたら…!

 先週木曜日、取材でドームの横を通っていた時。

 遠目でも、アディダスショップの前に何か置かれていることが分かったアタシ。

 …あれは…

 もしや…


1007263.jpg

 タ、タツノリなのっ!?

 分厚いシートのようなもので覆われて、もう中を全く見ることはできなかったんだけど、タツノリに違いないわ! と妙な確信を持って無意識のうちにシャッターを押していたアタシ(おい)。

 それにしても一体足掛け2年もの間、どうして妙な格好のまま放置してあるのだろうか?

 もしかして…お店で置き場所がないとか? 捨てるに捨てられず、ずーっと放置してあるのか? それとも、今年も優勝した後でまた活躍してもらう為、温存してあるとか…?

 本当に、偶然とはいえアタシもよく写真を撮っていたもんだと思うけどね(苦笑)。この先シーズン終わるまで、いや終わってからもタツノリの顛末を見守りたいと思います。

悲しくても暑くても音楽を

1007221.jpg

 ヘイ、ユゥゥゥーーーッ!!

 まさか、まだOZZY御大のニューアルバム「SCREAM」聴いてない野郎はいないだろうなっ!?

 って、なんでいきなり高飛車なのか分からないんだけど、悲しくても暑くてもお腹は空くし音楽も聴くアタシ、最近のヘビロテの一つがコレ。

 昔、まだ十代の頃男の子と文通みたいなことをしてて(メールどころか、FAXすら普及してない頃よ)、彼もロケンローが好きな人だったんだけど、夏に来た手紙にいきなり

「暑くなって来ると、ヘヴィーメタルが聴きたくなって来ますね」

 って書いてあって、そうか~、そういうものなんだー! と妙に驚き納得した思い出があって。

 その理屈からすると、このアルバムはまさに今の季節にピッタシというワケです。すごく強引だけど(笑)。

 まぁ、DIO様より絶対この人の方が先に(中略)と思ってたのはアタシだけじゃないと思うんだけど、とにかくあのヨタヨタした爺さんの、どこからこんなに素晴らしい声が!? と、いい意味で裏切られるほどのアルバムです。…なに、このカッコいいの!?

 何やら、ギターの人が替わったみたいで出だしのメタリカめいたイントロにギョッとしたり(でもちゃんとOZZY節になる・笑)、先行配信された2曲目はすごく聴きやすいし、何より3曲目はBLACK SABBATH感メキメキの転調が素晴らしい。

 …てな感じで、最初から全く捨て曲なしであっという間に全部聴き終わっちゃう。あ~~、やべぇ、やっぱLOUD PARK行こうかな…。単独公演があるのかも気になるけど、どっちにしろ同行メンツを集めるのに苦労しそうな予感…(汗)。


1007222.jpg

「いやちょっと、メタルは…」

 そういう人にオススメなのは、コレ。2年くらい前のアルバムだけど、今ハマってます(笑)。JASON MRAZ(ジェイソン・ムラーズ)の「We sing, We dance, We steal things」で、全然メタルではなくどっちかつーとサーフィンっぽい感じかな。JACK JOHNSONとかJAMIROQUAIが好きな人にオススメ。

 多分、名前を知らない人でも2曲目の「I'm yours」は世界的に大ヒットしたから聴いたことあるかもないし、声がさわやか系で嫌味なくすんなり聴けます。ジャミのJKさんは「真の天才はこの人だ」って思ったくらい歌がうまかったけど、マジ、匹敵するぐらいうまいかも(汗)。

 ちなみに、この人の公式サイト行くと、ジャケの顔のデカバージョンが出現して挨拶するのにオッタマゲます(笑)。よく分かんないけど、一度ライブにも行ってみたいなぁとは思ってます。

暑くて寒い時間

 …はぁぁぁ~~~~~~っ、暑い……!

 去年から、家でエアコンを使わないことにしているので「うちわ」と「扇風機」で過ごしておりますが…。ダメだ、去年より多分暑いよね…? 屋内で熱中症とかになったらヤバいよ(汗)。

 とはいえ根っから冷え性なのか、夜薄い掛け布団で寝ていると、最初は暑くて剥いじゃったりしてても夜中に寒くて寒くて目が覚めることがあり…その上に羽毛布団を掛けて体を温めながら再び寝る、というワケわからん状況になっています(もちろん、窓開けたりエアコンつけたりしていない状態で)。

 で、朝起きた時には汗びっしょりで半脱水状態。やっぱ、エアコンつけて寝るのが正解なのかなぁ? しかし、昭和のエアコンなので多分電気代がすごいことになりそうだし、温度調節も長時間となると心配だ。

 そんな感じで、非常にプリミティヴ(笑)な夏を過ごしているので、逆に冷房きいてる場所(パチ屋とか)に行くと、お腹や関節が痛くなっちゃったりするんだよね。だから、その場合防寒対策はシッカリと。

 しかし、最近はデパートとか行ってもエコ対策なのか、キンキンに冷えているっていう感じはしなくなったっていうのに…パチ屋の冷房って何なんだろうね? 狂ってる人が調整してるのかしら?

 煙草対策も全くと言っていいほど進まないし、エコそっちのけの冷房だし、今の時代本当に情けない業界だよなぁ~などと思うのです。

 そんなこんなで、さぁ今夜も暑くて寒い時間に突入か…。

お別れの日に

1007181.jpg

 ちょうど昨日関東地方の梅雨明け宣言が出されて、今日は一段と暑い一日だった。

 そんな中9日に逝去された内田健三先生の告別式があり、午前中ゼミの同期たちとお寺へ向かった。この一週間、感無量で書いた前回の日記が災いし、写真を見るたびに悲しみが込み上げて全く更新する気持ちになれなかったのだが…今日は先生にお別れを告げて区切りにしよう、と思っていた。

 しかし内田健三先生の葬儀…となればどんなに人が押し掛けて、我々の居場所などないのではないだろうか。そんな心配をしながら仲間と寺に近づくと…。

 訪れている人はご親族をはじめゼミ生など、ごく身内に限られていた。思えば各メディアの訃報記事にあった「葬儀・告別式は近親者のみで行う」という一文の通り、葬儀の日時を伝えられたのは限られた間柄の人々だけなのかもしれない。中には現役・元国会議員もちらほら来ていて、ゼミ生に対するご厚意に感謝すると同時に、所在のないような少し申し訳ない気持ちもした。

 とはいえ、そうして訪れた我々のために献花と挨拶の時間も作って頂き、最後のお別れができたことも、本当に嬉しかった。先生同様、ゼミ生を暖かく見守って下さった奥様のはからいだったのだろう。

 棺をお見送りするまで盛大なことは一切なく終了したが、自分の生き方に自信と信念を持ちつつも、それを誇示したりすることがなかった、いかにも内田先生らしい葬儀だった。この人に教わった一人で心からよかった! と思った。

 先生、有り難うございました。さようなら、安らかにお眠り下さい。



 この一週間、先生の著作物や出演番組の録画、自分でゼミ会の時に撮ったビデオなどを見返していた。

1007182.jpg

 中でも、久しぶりに開いた先生の自伝的書物「初心不可忘(初心忘るべからず・平成7年熊本日日新聞社発行)」は、何度読み返しても勉強になることばかりが書かれている。

 最後の章“「遠からず近からず」の極意”には、こんな記述がある。

 最近、私は若い記者諸君によくこんな例え話をする。「政治家と取材記者の関係は、剣道の間合いの取り方に似ている。遠くからヤアヤアと掛け声だけでは相手は斬れない(ニュースは取れない)。深入りし過ぎると殺される(取り込まれ利用される)」。無能記者か、御用記者か、この道を極めるのはむずかしい。評論家も同じ。「遠からず近からず」ーこれが極意かと思う。ともあれ、初心忘るべからず、この道を行くほかなし、と思い定めている。

 先生は、この文章を政治家と取材記者の例えとして書かれているが、そんなことはなく全てに通用する言葉ではないかと思う。アタシは…パチンコについて色々と書く仕事をしているけれど(やや赤面しながら)、昔から「できるだけ客観的に見ることを忘れないように」しているつもりだ(その辺は『パチンコ年代記』のまえがきやあとがきに書いているので、読んだ方はお解りと思いますが…)。

 時々、アタシの書いたものを「辛口」などと言う人がいるけれど、昔からスタンスはほとんど変えて来なかったつもり。つまり、それだけ付かず離れず客観的に書ける人が少なくなってしまったということなのかなーと、寂しく思ったりもする。

 それはともかく、内田先生の訃報という悲しい出来事がきっかけとはいえ、今日を含め本当に色々なことを思い出したり再確認できた1週間だった。これからも少しずつ、どんな形でも先生にご恩返しができるように心がけていきたいと思う。

内田健三先生について

1007111.jpg

 内田健三、という人の名前を初めて知ったのは、浪人の頃「朝日ジャーナル」で論文を読んだ時だった。確か衆議院の定数是正についてだったと思うが、様々な例え(横並びだけでなく、ご自分の取材経験などを交えた)を用いたその内容は、まだ選挙権を持っていなかったアタシにもよく解るようなもので、強く印象に残っていた。

 大学は内田先生が講義を持っている法政に決まったが、特に先生を慕っていたとかではなく全くの偶然だった。1年生の選択授業では、もちろん先生の「政治過程論」を選び、毎回楽しみに出席していた。自民党と社会党が結成された1955年体制から、日本の保守政治がどのように移り変わって来たかについて、政治記者だったご自分の体験を交えながら時には冷静に、時には激しい状況を再現するかのように、その講義内容は本当に面白かったのだ。

 四年制大学のほとんどは3年生から演習(ゼミ)が開始すると思うが、法政はちょっと変わっていて2年生から3年生までゼミを取るようになっていた。アタシは迷わず内田ゼミに申し込み、気合いと猛烈アピールで合格することができた。

 ゼミは2~3年生を合わせても20人足らずの小所帯で、最初は内田先生の話を沢山聞ける! ということを喜んでいたものの、いざ始まってみるとゼミのテーマや進行はほとんど学生が自主的に決めて行く…というもので、先生はあくまでもそれに対してアドバイス的な発言をする程度。ちょっとアテが外れたなぁ…と思っていた。

 しかしその方針は、後になるにつれて自分たちで考えたり進めて行くことの大切さを育んでくれたのだな、と解って来たし、結果的にゼミ生同士の結束も非常に強くなり、特にアタシの代は奇妙なほど今でも仲がいい。

 授業以外でも毎週ゼミ生は飲み会があったし、先生も時々来られてカラオケで十八番の「青い背広で」を歌ったりしていた。アタシはお調子者なので、歌に合わせて適当に踊ったりしてそれを見た先生が「カッ、カッ、カッ!」とよく笑っていた。

1007112.jpg

 ゼミ生はマスコミ関係を志望する者も多かったのだが、アタシが地方紙の筆記を通って面接へ行く、ということがたまたま先生に知れてしまい、「神保君、●●新聞の面接担当は誰だい?」などと尋ねて来たことがあった。アタシは青臭いところがあってコネとか口きき頼りみたいなことは絶対したくなかったので(そういうのを目当てにする人もいたかもしれないけど)、つっけんどんな位かなりうやむやにしてしまった。今思えばもしかしたら、先生はガッカリしたかもしれない…。ごめんなさい。

 1989年に卒業(やっと!)してからも、内田ゼミでは毎年のようにOB会などを開き、先生にお会いする機会も多かった。7月28日、先生の誕生日には有志が集まって誕生パーティーまで開いたこともある。94年に初めて書いたパチンコ図鑑を送った時は、次に会った時「よう、パチンコ博士か!」なんて言いながら笑っていた。

 驚くべきことに内田先生は、92年頃から東海大学の教授になった後も、10年以上法政の学生対象に「自主ゼミ」を行っていた。ゼミ生には単位もつかないし、先生には1円の報酬もない。しかし、先生の元で勉強したいという学生の熱意と先生の指導にかける思いが、奇跡的なゼミ活動を生んでいたのだった。

 最後に先生にお会いしたのは、多分2枚目の写真、2004年7月のOB会だったと思う。すでに80歳を超えているというのに、揚げ物のおつまみをモリモリ食べてお酒を飲み、大きな声で笑ったり本当に元気そのもの、だった。

 その後、OB会の招集もなくなりゼミの友人に会う度に「先生、元気かな」などという話題が必ず出るようになっていた。07年に宮澤元首相が亡くなって、最もコメントを求められるべき内田先生をTVや新聞で見なかった時、いよいよこれはおかしいぞ。と思った。一応「パチンコ年代記」も贈ったのだが…手に取ってもらえたのだろうか。なんてことも、少し気になっていた。

 それだけに、今年3月に出席したゼミの友人の結婚式で、内田先生からの祝電が読み上げられた時、思わず「おおーっ!」なんて声を挙げてしまうくらい、アタシもみんなも安堵していたのだけれど。


 そんな感じで、しばらくお会いしていなかったからだろうか、昨日先生の訃報を聞いた時も、全くピンと来なかった。我ながら今日貼付けた写真を見ると、社会人になっても先生の前にいるとアタシは全く、お調子者の学生にもどってしまう。そんなアタシを含め、沢山のゼミ生をやさしく見守ってくれていた先生が、死んでしまったなんて信じられるだろうか。

 今はただ、事実を事実と認識するのがやっと。そうして、泣くしかないのです。

ゴルフボールのナゾを追え!

1007063.jpg


 今日は楽しみだった『CRギンギラパラダイス2』の内覧会があって、帰りにもらえたのが上のお土産。

 右がギンパラ2のレターオープナーで、左がクジラッキーのぬいぐるみメジャー。アタシは今更語るまでもなく(笑)こういうグッズのマニアなんだけど、もうここ10年ぐらい人気機種には販売用のグッズ(メーカー以外が出してるやつ)が沢山出るようになっているものの、こうした「純正販促品」の方が、価値は高い。と、思っているのであります。

 って、アツく語ることはないんだけどさ、そういう意味で貴重なのが元祖『CRギンギラパラダイス』の時、三洋が配布したグッズ。ていうか、確か三洋関連で販売用グッズが出始めたのはギンパラが人気出てからだから、それ以前は純正モノしかなかったハズ。

1007064.jpg

 当時(1995年)内覧会で配布されたのは、このゴルフボール2個セット。ナゼかエンゼルフィッシュとゴチック体でアッサリした「ギンギラパラダイス」という文字がプリントされています。

 三洋自体、まだこういうの出すの珍しい方だったし、今見るとロゴマークやマリンちゃんがプリントされなかったってところも貴重です。いや、マリンちゃんっていう正式な名前もその後デジパチの『CR海物語』になるまでなかったし…(※昔はどこのメーカーも、オリジナルキャラに関してネーミングやキャラクター性などあまり重視していなかった)。

 で、15年経ってやっと直系の後継機種が出るんで、ゴルフボールはあるのかな? と思ってたら、お土産じゃなくてホール向けゲーム大会の賞品の中に…

1007065.jpg

 クジラッキーのプリントされたゴルフボールがあったの(下のはクラブのカバー)!

 ただ、どうなんだろう、コレはどっちかつーとギンパラではなく海シリーズとしての販促品みたいだから、やっぱり直系のゴルフボールはないと見ていいのかもしれません。

 まぁ、こういう話題で書き始めるときりがないんでね(赤面)、とりあえず多分誰にも役に立たないレポートでした。

Xデー迫る!?

 先週発行のガイドの裏表紙で…

1007061.jpg

 あれっ!?



 …で、今日上野に貼ってあったポスター。

1007062.jpg

 …ほぅ、ほぅ。

 かなり近そうですね、Xデー。

上野でドッキリ?

1007031.jpg

 今日、上野へ行った時フト歩道橋の上からこんな風景を発見!

 おお~、上野からももうシッカリ見える高さになってたんだね。残念ながら、天気が悪くて霞んじゃってるんで、天気のいい日に撮り直そう。

 実はまだ近くへ見学に行ったりしてなくて(笑)、少し前に錦糸町丸井のエレベーターからいきなりニョッキリ見えてビビッたりもしていたんだけど。

 あれ、近くで見たら相当デカイんだろうねぇ。

 で、ついこの前郵便局でもらったお中元PR冊子も…

1007032.jpg

 表紙はこの通り。ちゃっかりブームを取り入れています。

 ていうか東京のシンボル大集合、って感じだけど、やっぱ東京タワーの2倍近くあるから、妙にデカく描いてありますね。

 これからも、どんどんスカイツリーめいたモノが出て来るんだろうねー。とりあえず、完成前(雲に隠れる前)に見に行っておかなくちゃ。

ペリカンか、ぺりかんか

100701.jpg

 どっひゃーん!! もう7月か! 今年も半年経っちゃいました…。

 で、ニュースなどで「7月1日から変わるもの」みたいな項目をやってて、偶然見てたら…何と、今日から宅配の「ペリカン便」ってなくなっちゃうそうだ。なんか、気づいた頃からずーーとあった気がするんで、ピンと来ないんだけどね。

 そういえば、パチンコでも昔三洋から90年に『ペリカン便』っていう羽根モノが出てたな~と思い出し、例によってゴソゴソ写真を発掘してみた。

 まぁもちろんタイアップなどであるハズがなく、いわゆる“パロディ機種”なんだけど、スライド式羽根の形はそれ以前に三洋から出てた『プレイボーイ』なんかとほとんど同じで、役モノ内に1個貯留する様子も…どうだっけ、多分何か他機種であったような気もする(曖昧でスミマセン)。継続はすごく良かった。

 セル盤には宅配便と思しきペリカンが描かれてて、東海道をひとっ飛びする…みたいな地図もある。大当り中のBGMも、オリジナルなんだけどど~もCMを思い起させるような…(笑)。あ、当時はもちろんインストで歌は入っていませんので。

 で、当時気になったのは型式名は『ペリカン便』だったんだけど、セルに書いてあるのは『ぺりかん便』。さて、表記はどっちが合っているのだろう…? その頃はまだ正式な広報窓口もない&攻略誌とメーカーのつながりがほぼない状態だったので、結局図鑑などでは『ペリカン便』と表記することに決めたんだよね。ていうか、そんな細かいことも、恐らく適当だったと思う。

 ちなみに三洋は、この当時はかなりの“ネタメーカー”だったので、他にも『一休さん』『ボヨヨンロック』『スマイル』『ピエロ2号』『コスモ||』などヘンテコな機種が沢山あって、よく雑誌でネタにさせてもらいました、はい…。今も時々思い出したようにキッチュなコンセプトの台を出すのは、当時の残り香であろう。と、思っています(笑)。

皆さん、もらってマスね…

 そういえば今年から、企業で報酬1億円以上もらっている人がいたら開示しなきゃいけないように、法令が改正されて。

 今日、ブルームバーグとかに一覧が出ていたので早速チェキしてみた。

 セガサミーの株主総会の翌日(24日)大きく報じられたのは、里見会長兼社長の4億3500万円で、その時点で日本人経営者トップだったんだけど…今日時点ではすでに大日本印刷や東北新社などの社長や顧問がさらに上回っていることが分かったみたい。

 メーカー関係では里見会長兼社長の他セガサミーの中山副社長(1億5500万円)、小口専務(1億800万円)、SANKYOの毒島会長(3億3000万円)、澤井社長(1億1000万円)、ユニバーサルの岡田会長(1億5000万円)、徳田社長(1億円)、藤商事の松元社長(2億2000万円)、松元副社長(1億3000万円)、フィールズの山本会長(1億6900万円)、タイヨーエレックの佐藤会長(1億600万円)といった方たちが挙がっていた。

 ちなみに、もちろん全員が全部現金でもらってるワケじゃなくて、株(ストックオプション)だったり賞与などを合わせた額の人もいるので念のため。

 しかし中には「えっ? 株激安&無配なのに?」などと思ってしまう項目もあったりなかったり(どっちだよ)。 まぁ、社員にとって役員報酬の高さというのは魅力というか、モチベーションを上げる効果もあるのでしょうが…。

 ちなみに、アタシはひと頃メーカー株を買う為に働いていたような時期があって(株主総会へ行きたいから・笑)、そんな変な目的だった故全く利益が出せないどころか、売るに売れない状態になってしまった…(号泣)。半分ならまだいい方で、中には一時期10分の1とかになっててさ、アハハ…(空を見つめながら。もちろん目は笑っていない)。

 で、総会も2000年前後にはわざわざ開催ホテルに泊まってまで出席したり、それをWEBや雑誌で勝手にレポしていたものだったが…毎回同じような内容だし、朝起きられないというのもネックで近年は全然行っていないという…本当、何の為に買ったんや(吐き捨てるように)!

 しかも、ここ最近は企業業績だけで株価が大きく動かないからね…(北斗や海みたいな台が出れば別だけど)。たとえ一時期好決算とか出しても、少し上がったかと思えばすぐ利益確定売りが出ちゃう。それだけ、世界的に先が見えない相場っていうのもあって。

 って、報酬の話からショボいグチになっちゃってるけど(ドンマイです)、逆に考えれば、まだまだこれだけ役員が報酬もらってる業界なんだし…やってくれるハズ! と思ってていいんですよね(必死に)!?
プロフィール

神保美佳

Author:神保美佳
「Pachinko MANIAC WORLD」の日記コーナーです。
コメントやトラックバックは受け付けておりませんので、ご了承下さい。
メールは、下のフォームをお使い下さい。

最近の記事
FC2カウンター
月別アーカイブ
カテゴリー
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブログ内検索
RSSフィード
リンク